移住者の声VOICE

豊田 成章さん

Interview 11

理想の養鶏を追い求めてたどり着いた
安芸市

豊田 成章さん

移住歴 1年 年 齢 40歳代

養鶏と食鳥処理を自分の手で行える環境を求めていた中で「はたやま夢楽」にたどり着き、理念への共感から移住を決意。
2024年に安芸市に移住しました。

移住を考え始めたきっかけ

もともと「食に関わる仕事がしたい、老後も続けられるような仕事をしたい」という思いがありました。そんな中で興味を持ったのが、養鶏や食鳥処理の仕事でした。
現在、務めている「はたやま夢楽むら」には定年があるとしても、手に職をつけ、老後は自分の力で養鶏や食鳥処理を続けながら、穏やかに暮らしていけたらと考えました。

最初から安芸市にこだわっていたわけではありません。
関東に住んでいた当時、養鶏や食鳥処理ができる場所を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。
一般的に流通しているブロイラーの生産現場はいくつか見つかりましたが、養鶏と食鳥処理の現場は分かれており、大型化・機械化された工業的なものでした。食鳥処理場では、鶏を機械に吊るしたあとは、ほとんどが自動の流れ作業で加工処理が進む仕組みです。
私は「自分の手で育てたものを自分の手で捌きたい」と考えていましたが、そのような現場を見つけることはできませんでした。
そんなときに、「食鳥処理」「養鶏」で検索して出てきたのが安芸市畑山にある「はたやま夢楽むら」でした。
ホームページを見ると、「安心・安全な鶏を育てている」という考え方に共感しましたし、何より会長や社長が他の人がやらないようなことに挑戦している姿勢に惹かれました。
ただ、関東からいきなり高知の山の中へ移るのは不安もありました。
そこでまずは「はたやま夢楽むら」が経営している「ジローのおうち」に宿泊してみました。社長や会長が焼いてくれた土佐ジローの味に感激して、「ここで働きたい」と心から思いました。その後、インターンを経て、就職しました。

結果として、「安芸市に移住した」というよりも、自分の求める養鶏の形を探した末、たどり着いたのが安芸市だったというのが実際のところです。

現在の仕事とやりがい

朝7時30分に出勤し、週4日は加工場で働いています。
まず9時30分ごろまで食鳥処理を行い、その後は肉の加工を15時30分ごろまで。片づけなどをして16時30分ごろには、仕事が終わります。
お昼は賄いがあり、「ジローのおうち」で食べます。
メニューには土佐ジローや四季折々の山菜や鮎などが並ぶこともあります。土佐ジローはもちろん、安芸の鮎もとてもおいしいんです。
加工した土佐ジローは、宿で提供するほか、出荷も行っています。現在は4人のチームで作業しています。
自分が「おいしい」と思える鶏を自分の手で育て、実際にお客様に食べていただけることが、何よりの喜びです。
また、自分でさばいた鶏を家族に送って喜んでもらえることも、とても嬉しい瞬間です。

畑山での暮らし

日用品や重たいものは通販で注文しているので、生活にそれほど不便はありません。 普段の買い物は安芸市街地のスーパーを利用しています。もともと本が好きだったので、安芸市から本屋さんがなくなってしまったのは少し寂しいですね。
休みの日は家事をしたり、のんびり過ごしたり、気になるお店を巡って食べ歩きを楽しんでいます。お店で「土佐ジロー」がどんなふうに提供されているのかを見に行くこともあります。

これから移住を考えている人へ

自分はまだ畑山に来て1年ほどなので、偉そうなことは言えませんが、今のところ後悔はありません。社長や会長が暮らしのアドバイスをくれたり、話を聞いてくれたおかげで移住に踏み出せました。
社長自身も移住者ということもあり、移住者への理解がとてもある職場です。
仕事の合間に「言葉も文化も違って大変だと思うけど」と気遣ってくれたり、買い物のことや地域の暮らしについても色々教えてもらいました。
たとえば「雨の後は道に石が落ちていて危ないよ」など、地域の細かな注意点までサポートしてもらえたので、とても心強かったです。
「聞ける人に聞く」。そんなふうに話を聞かせてくれる人と出会えると、きっと心強いと思います。